出雲地方の旅行記(10) - 石見銀山(1)


第3日は「石見銀山」の見学でした。世界遺産に登録された直後の興奮から覚めたのか、平日の早い時間だったのか(?、am9時)、「石見銀山世界遺産センター」はあまり人影はありませんでした。このセンターが起点で、バスで徒歩出発地点の「石見銀山公園」に行くのですが、センターのスタッフから公園の駐車場が(朝早いので)まだ空いているだろうとの助言をもらいレンタカーで直接公園へ。

確かに20~30台泊められる駐車場は未だ半分ほどでした(「石見銀山」散策から帰ってきた昼頃にはほぼ満杯になっていましたが・・・)。


さて徒歩で出発するにあたり、ボランティアによるワンコインガイドをお願しました。10名ほどのグループで出発、途中で役人・組頭の遺宅や神社・寺などの歴史的説明を受けながら、緩い登り道2.5㎞ほどを1時間30分ぐらい掛けて散策し、「龍源寺間歩(まぶ)」を見学しました。「間歩」とは坑道を意味します。ボランティアガイドは気さくでリタイア間際の人でしたが、登り道も(慣れているのか)シッカリした足取りで歩調を合わせるには少し頑張らないと・・・(説明地点で止まるので遅れはしませんが)。


さて「龍源寺間歩」とそこまでの散策ポイントについて、今回からガイドの説明を交えながら紹介します。カタログから抽出した散策マップがこちら


下中央の「石見銀山公園」から右上「龍源寺間歩」に向かいます。



こちらこちらが「代官所地役人」の「渡辺家」遺宅(道の左)です。



三州瓦、淡路瓦と並ぶ日本三大瓦の一つ「石州瓦」の産地だけあって、立派な家構えです(今でも・・・!?)。近くに番所跡地もあります。



少し進むと木造の小学校があります。世界遺産として紹介されてから学校に通う生徒の数が増えたそうです。静かな場所で教育を受けさせたいという若い夫婦が移住してきているそうです。就職先を心配しましたが、瓦関係の工場などを紹介しているとの事。

更に先に「下河原吹屋(銀の精錬所)跡」があります。幾つかの遺構があります。こちらが想定図。




こちらが毛利家ゆかりの「豊栄神社」です。


戦国時代に銀山の争奪戦があり、最終的に毛利家がこの付近を支配していました。江戸時代には徳川直轄地となり荒れ放題になりました。



この先は次回。


 

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