出雲地方の旅行記(12) - 石見銀山(3)


石見銀山の「龍源寺間歩(まぶ)」への散策の続きです。カタログから抽出した散策マップをこちらに再掲しておきます。


「龍源寺間歩」に至る両側の崖が迫る道の途中のいたる所にも、「間歩」があります。こちらは「新切間歩」で、階段を登り切った右の小さい穴が坑道入口です。



こちらは「福神山間歩」です。


写真の坑道以外に直ぐ横に2か所の入口があります。


各「間歩」には番号が付けられ、600ぐらいあるとされます(こちらを参照)



鉱床は火山の影響で熱水の活動でできたもので、母岩の岩石そのものに銀を溶かした熱水(鉱液)が染み込んで鉱石に変化した鉱床です。隙間だらけの火砕岩に、熱水がしみ込む隙間の数センチが鉱脈になり、この鉱脈に沿って掘り進みました。主に山師(銀山経営者)が代官所の許可を受け自己資金で鉱脈を探査します。鉱脈を見つけると代官所の立ち合いの下で山師が入札を主宰し、実際に採掘する請負人が決まります。



少し鉱脈の話しからそれますが、途中に要害山にある「山吹城跡」へのトレッキングコース入口があります(こちら。奥の山頂が城跡)。


戦国時代に「石見銀山」の争奪戦で、出城として戦の戦場となりました。


もう一つ、目的する「龍源寺間歩」近くに「町年寄山組頭」の「高橋家遺宅」があります(こちらこちら)。「町年寄山組頭」は山師の代表で代官所への取次ぎをしました。




当時の裕福さが分かります。


 

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